2025年10月10日、トランプ米大統領の対中関税発表をきっかけとした暗号資産市場の急落の中で、大手取引所Binance上でEthenaのステーブルコイン「USDe」の価格が一時的に1ドルから乖離し、約65セントまで下落しました。この事態を受け、Binanceはユーザーに対し、合計で6億8300万ドル規模の補償と信頼回復に向けた取り組みを発表しました。
今回は、この一連の出来事がUSDeそのもののデペッグ(ステーブルコインなどの特定の暗号資産が、連動を目指す法定通貨や他の資産の価値から大きく乖離してしまうこと)ではなかった点を掘り下げ、背景にある要因と、中央集権型取引所(CEX)の価格参照メカニズムについて解説します。
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サービス掲載を相談するEthena USDeが価格を維持する仕組み
今回のニュースを理解するため、まずはUSDeの特徴や仕組みについて見ていきましょう。
USDeは、米ドルや短期米国債を裏付けとするステーブルコインとは異なり、BTCやETHなどの暗号資産を裏付け資産としつつ、同時にその価格変動を先物契約などのショートポジションで打ち消す形で構成される、オンチェーン上で発行/償還プロセスが完結することを特徴としたステーブルコインです。
具体的には、ユーザーがETHなどの暗号資産を裏付け資産として差し入れると、プロトコルは直ちに同額相当の ETHの永久先物をショートし、現物ロングと先物ショートの損益を相殺するように設計されたヘッジポジション(デルタヘッジ)を構築します。これにより、裏付け資産となるETHの価格が変動しても、ドルに換算した際の価値が相対的に安定することを目指しています。
さらに、USDeの市場価格が1USDを上回るときは新たに発行(Mint)する動きが入り、逆に下回ると市場から買い戻し償還される動きが入るなど、裁定取引を行うトレーダーの介入を通じて価格は1USD方向へ収束するようになっています。
裏付け資産となっているETHはプロトコルによってステーキングされており、ステーキング報酬や、デルタヘッジポジションから得られるスプレッドなどをユーザーに還元する設計を持つ、利回り付きのステーブルコインであることもUSDeの特徴です。
Binance上でUSDeの価格が乖離
10月10日、トランプ米大統領が対中関税を発表したことを受け、暗号資産市場は大幅に下落しました。The Blockの報道によれば、24時間で150万人のトレーダーが強制清算され、その額は約95億ドルであるとされています。
この市場の混乱の中で、Binance上でUSDeを含めた、特定の暗号資産の価格乖離が発生しました。中でもUSDeは、Binance上で一時0.65ドル相当となるなど、本来の価格である1ドルから大幅に乖離することとなりました。
ここで注意しておきたいのが、これはUSDeプロトコルの欠陥による価格乖離(デペッグ)ではなかったということです。実際に、Binance以外の中央集権型取引所(CEX)や、Uniswapなどの分散型取引所(DEX)では、USDeの価格はほぼ1ドル近辺で安定していました。価格の乖離は、Binanceという単一のプラットフォームに限定された事象だったのです。
Binance上で価格が乖離した背景として、複数の要因が考えられます。一つは、Binanceの価格参照の仕組みであるオラクルが、DEXのような流動性が高い市場ではなく、Binance自身のオーダーブック(板情報)を参照していたことです。BinanceにおけるUSDeの流動性はDEXと比較すると相対的に低く、市場からの売り圧力の影響を受けやすい状態でした。
また、他の取引所と異なり、BinanceはEthena Labsと直接連携しておらず、プラットフォーム上でUSDeを直接償還する仕組みを備えていませんでした。これにより、マーケットメイカーが裁定取引を通じて迅速に価格を安定させることが難しいという状況が生じました。
これらの要因が重なり、不正確なオラクル価格がUSDeの急落を示したことで、Binanceの担保システム内でUSDeを担保としていたユーザーポジションの連鎖的な強制清算が発生しました。これがさらなる売り圧力となり、暗号資産価格の下落を加速させる結果につながったのです。Binanceも公式声明で、市場の急落が価格乖離に先行したと説明しており、プラットフォーム側の技術的な問題が一因であったことを示唆しています。
Binanceが発表した補償内容の詳細
この事態を受け、Binanceはユーザーに対する補償を行ったことを発表しています。発表では、10月13日までに総額2億8300万ドルの補償を完了したことが明記されています。この補償は、価格乖離が発生した10月10日の特定時間帯に、USDe、BNSOL、WBETHを担保としていたことで強制清算の対象となったユーザーを対象としたものです。また、プラットフォームの遅延により、送金やBinance Earnプロダクトの償還が間に合わなかったことで損失を被ったユーザーも補償の対象に含まれました。
さらに10月14日には、「Together Initiative」と名付けられた4億ドル規模の追加支援策を発表しました。このうち3億ドルは、強制清算によって一定規模以上の損失を被ったユーザーに対し、4ドルから6,000ドルのUSDCを配布するために充てられます。残りの1億ドルは、影響を受けた機関投資家向けに、取引再開を支援するための低金利融資ファンド設立に充てられることが明らかになっています。Binanceは、これらの措置が法的な責任を認めるものではないとしつつも、ユーザーの信頼を回復するための対応であると説明しています。
考察:中央集権型取引所における価格参照のあり方
今回の一件は、分散型金融(DeFi)プロトコルが、中央集権型プラットフォームのインフラとどのように接続されるべきか、という重要な論点を提示しています。
Binanceは、自社のプラットフォームに十分な流動性があるという前提の下で、主に内部のオーダーブック(板情報)を価格参照の源泉としてきました。しかし、今回のUSDeのように、主要な取引場所がオンチェーン上のDeFiであるような暗号資産の場合、その前提は成り立たない可能性があります。
現状、主要なCEXがChainlinkやPythといった分散型オラクルネットワークをスポット価格の主要な参照元として採用している例は限定的です。しかし、今回の出来事は、CEXが自社プラットフォーム内のみでは流動性の乏しい資産を取り扱う際のリスク管理として、外部オラクルの活用を検討する必要性を示唆しています。外部オラクルを利用すれば、DEXなど流動性の高い市場の価格情報を、信頼性の高い形で取り込むことが可能になります。
Binanceは再発防止策として、影響を受けた資産の価格指数の構成に償還価格を追加することや、USDeの価格指数に下限価格を設けるといった改修を発表しています。しかし、これらの策は特定の資産に対する限定的な対応です。外部オラクルを活用して、より信頼性の高い価格情報を自社のシステムに反映させることが、今後同様の事態が発生することを防ぐためには重要であると考えられます。
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