2025年10月30日、欧州中央銀行(ECB)は、独自の中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「デジタルユーロ」を2029年にも発行する可能性があると発表しました。実現した場合、日米欧の主要中央銀行としては初のCBDC導入となる見込みです。
ECBのチポローネ理事は、このデジタルユーロを「単なる技術プロジェクトではなく、欧州通貨制度(EMS)を将来に備えるための共同の取り組みだ」と位置づけています。今回は、この発表の背景と、欧州のデジタル金融戦略について見ていきます。
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目次
なぜECBはデジタル通貨を推進するのか
今回のECBの決定の背景には、デジタル分野における通貨主権(Monetary sovereignty)の確保という明確な目的があります。
ECBは公式発表で、決済手段が進化し、現金決済がデジタル取引と比べて減少する中で、現金を補完する公的なデジタル決済手段の必要性が高まっていると説明しています。デジタルユーロは、現金が持つ利便性やプライバシー、信頼性をデジタル決済にもたらすものとしています。
また、既存の決済インフラに対する懸念も存在します。現在、欧州の小売り決済は、米国のVisa、Mastercard、PayPalといった特定企業への依存度が高い状況です。
さらに、民間企業が発行するステーブルコイン、特に米ドルステーブルコインの急速な成長も、ECBが警戒を強める要因となっています。国際決済銀行(BIS)の分析によれば、ステーブルコインの時価総額は約2,550億ドルと2023年以降に倍増しており、その9割以上が米ドル連動型のステーブルコインに集中していることが指摘されています。
ECBは、こうした米ドルステーブルコインが決済手段として普及することが、欧州の通貨主権や経済安全保障に影響を与える可能性を考慮しています。
2029年に向けたロードマップ
ECBは2023年11月からデジタルユーロの準備段階を進めてきましたが、今回、次の段階へ移行することを決定したと発表しています。
次の段階では、技術的基盤の開発、決済業者や加盟店など市場参加者との協力(ルールブックの策定やパイロットテストの実施)、EUの共同立法者への技術的インプットの提供、という3点に重点的に取り組むとしています。
今後のスケジュールとして、ユーロ圏各国政府と欧州議会が2026年中に法的枠組みについて合意することが前提となるものの、2027年半ばから運用試験を開始し、2029年中に初回発行に至る可能性があるとしています。
なお、ECBの試算によれば、2029年の初回発行までに必要な開発コストは約13億ユーロ、その後の年間運用コストは約3.2億ユーロと見込まれています。これらはユーロシステム(ECBおよびユーロを採用している各国中央銀行)が負担し、通貨発行益(シニョリッジ)によって補填される想定です。
欧州のデジタル金融戦略
デジタルユーロ(CBDC)のプロジェクトと並行し、欧州では民間暗号資産市場に対する規制整備も進められています。
Financial Timesによると、欧州委員会は2025年12月にも、暗号資産取引所や証券取引所、清算機関を監督するための、米国証券取引委員会(SEC)に類似した単一の監督機関を設置する案を提出する計画であるとされています。
また、現実資産のトークン化(RWA)に関する提案についても準備が進められていると報道されています。ECBのラガルド総裁も、単一の欧州証券取引所の設立を支持するなど、中央集権的な監督体制の導入を進める動きが目立ちます。
考察
ECBによるデジタルユーロの発行計画は、米ドルステーブルコインや米国の決済企業が先行するデジタル決済市場において、欧州が「公的インフラ」を整備することで主導権を確保しようとする戦略的な動きです。
このECBのアプローチは、米国(トランプ政権)が取る戦略とは対照的です。米国では、米連邦準備制度理事会(FRB)によるCBDCの発行を制限する「Anti-CBDC Surveillance法」が下院で可決され、上院で審議中となっています。
このようにCBDCを制限する一方で、2025年7月成立の「GENIUS法」などを通じて、民間企業が発行する「規制に準拠した米ドルステーブルコイン」を推進する戦略を採用しています。これは、民間のイノベーションを活用して米ドルの基軸通貨の維持をデジタル分野で図る狙いがあると考えられます。
ECBは、米国が推進する民間主導の米ドルステーブルコインが欧州の決済市場で普及すること自体を、「通貨主権」や「経済安全保障」への脅威と捉えています。つまり、米国が「民間の米ドルステーブルコイン」によってデジタルドル経済圏を拡大しようとしているのに対し、ECBは「公的なデジタルユーロ」を導入することで、その米国主導の民間インフラへの依存から脱却しようとしているのです。
興味深いことに、デジタル資産市場に対する規制明確化という方向性自体は、欧米で共通しています。先述したように、欧州委員会はSECのような単一監督機関の設置を計画しており、米国がGENIUS法でステーブルコイン発行者に明確なルールを課すのと同様に、欧州も規制枠組み自体は今後明確にしていく方針です。
ECBによるCBDCの推進と、欧州委員会による単一監督機関の設置は、ステーブルコインを含めたデジタル資産の発行主体を民間に委ねるのではなく、公的な管理下に置こうとするEUの包括的なデジタル金融戦略を示していると言えるでしょう。
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