目の前の契約書に割印を押そうとして、「上に押すのだったか、横だったか」「甲と乙の並びに決まりはあるのか」で手が止まっていませんか。割印は毎日使う印ではないため、正解を思い出せずに紙をめくり直した経験を持つ実務担当者は少なくありません。
契約書本体の割印は、印紙税法上の「消印」とルールが異なります。また、2者契約と甲乙丙3者契約でも、押す位置や配置の実務慣習が変わってきます。混同したまま押すと、押し直しでは相手方への配慮が必要になります。
本記事では、契約書2部の割印の押し方から、甲乙丙3者契約で並立する複数の慣習、収入印紙への消印との切り分け、袋とじや失敗時の対処、法的効力の位置づけまでを解説します。末尾では、押印運用そのものを不要にできる電子契約システムも紹介します。
目次
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まず結論:契約書2部の割印はどこに押す?
細かな論点に入る前に、まず「割印を押す位置」の結論だけを先に示します。ここで押したい印が「契約書本体の割印」なのか「収入印紙への消印」なのかを切り分けておくと、以降の情報を迷わず読み進められます。
あなたが押したいのはどちらの印ですか?
割印と呼ばれるものは、実務上大きく2種類に分かれます。目の前の作業がどちらに該当するかで、押す位置・使う印鑑・失敗時の扱いが変わります。

- 契約書本体の割印:契約書の正本と副本(甲乙それぞれの控え)が同一書類であることを示し、改ざんを防ぐ目的で押す印。押す位置に法令上の縛りはなく、書類間に印影がまたがっていれば実務上有効
- 収入印紙への消印:印紙税法上、貼り付けた印紙の再使用を防ぐために押す印。俗に「印紙への割印」とも呼ばれるが、契約書本体の割印とはルールが異なり、印紙税法第8条第2項および同法施行令第5条に基づく
この記事では、契約書本体の割印を主に解説したうえで、収入印紙の消印については別途独立した章(収入印紙に押す「消印」は契約書本体の割印とは別ルール)で取り上げます。契約書本体の割印と収入印紙の消印の両方を扱う場合は、先に契約書上部の余白に割印を押し、その後で印紙にまたがる位置に消印を押すのが実務上スムーズです。
押す位置の結論——重ねてまたぐように押す
契約書2部の割印は、2枚の契約書を少しずらして重ね、印影が両方の書類にかかるように押します。押す面は上部の余白が最も一般的ですが、側部や下部でも構いません。改ざん防止の目的が果たせるように、両方の紙にまたがっていることが実質的な要件です。

次章から、この結論の詳細——紙のずらし方の目安、上下左右の配置、押印のコツ——を順に解説していきます。3者契約・収入印紙・失敗時対処など個別の場面が知りたい場合は、目次から該当章に進んでください。
契約書2部(甲・乙)の割印:重ね方・左右配置・きれいに押すコツ
ここからは、最も頻度の高い2者契約(甲・乙)の割印について、紙の重ね方・押す位置・左右の配置・押印のコツを順に見ていきます。
紙の重ね方とずらす量の目安
2部の契約書を上下または左右に1〜2cm程度ずらして重ね、下の紙が印を押す幅の分だけ見えるようにします。ずらす量に決まった数値はありませんが、印影がおよそ半分ずつ両方の紙にかかるくらいが目安です。
印面の直径よりずらしすぎると片方の印影が小さくなりすぎ、狭すぎると片方にほとんど印影が乗らず割印として機能しません。慣れないうちは、押す前に位置を鉛筆で薄くマークしておくと失敗を防げます。
押す位置は上部・側部・下部のどこがよいか
押す面については、契約書上部の余白(署名欄より上、タイトル付近)に押すのが最も一般的な商慣習です。ただし、法令上「上部でなければならない」といった規定はなく、側部・下部いずれでも改ざん防止の目的を果たせれば有効です。
契約書のフォーマットによっては上部の余白が狭く、印影が本文にかかってしまう場合があります。その場合は無理に上部にこだわらず、余白が十分に取れる位置(多くは書面の右側)を選んでください。読み手に本文が読みにくくならない位置を選ぶのも実務上の配慮の一つです。
甲・乙の左右配置に法的な決まりはあるか
「甲が左、乙が右」「上下に並べて甲が上」など、甲乙の並べ方の慣習は解説によって記述が分かれています。結論から言えば、甲・乙の左右上下の配置についても法令上の決まりはなく、商慣習の域を出ません。
実務では、重ね方に応じて甲を左(横並び)もしくは上(縦並び)に置く運用が広く見られます。取引先との事前確認や、社内の過去契約書の慣習に合わせておけば十分で、逆に押したとしても契約自体の効力に影響するものではありません。
きれいに押すコツ(印鑑マット・力加減・押す動作)
割印を鮮明に押すには、印鑑マットを敷き、印章に朱肉を均等に付け、印章を紙に対して垂直に構えて、真下に一定の力で押し込みます。片方の紙にだけ体重がかかると、もう片方の印影がかすれるため、両方の紙の下に均等な厚みが出るようにマットを配置します。
押した後は紙を強く動かさず、印章をゆっくり真上に離します。朱肉が乾ききる前に紙を重ね直すと印影がにじむため、少し置いてから次の作業に移ってください。
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甲乙丙3者契約の割印の押し方——並立する3つの慣習
3者契約になると、契約書3通に対する印の並べ方が想像しづらくなります。実は、3者契約の割印の押し方については解説記事の間でも書き方が微妙に分かれており、どれか一つが唯一の正解というわけではありません。ここでは並立する3つの慣習パターンと、どれを選ぶかの判断基準を提示します。

パターンA:甲を中央、乙・丙を左右に配置する
1つ目の慣習は、契約書3通を階段状にずらして重ね、中央の契約書(甲)の左右に乙・丙の契約書がまたがるように印を押す方法です。3者の印影が1本の割印で3通にまたがるため、視覚的に「3者が同一書類を交わした」ことを示せます。
立場が上の当事者を中央や上部に置く商慣習に沿った配置です。3枚の紙を均等にずらす精度が求められるため、事前に位置合わせをしてから押印すると失敗を防げます。
パターンB:①-②間、②-③間で2回に分けて押す
2つ目の慣習は、契約書3通を横に並べ、1枚目と2枚目の間、2枚目と3枚目の間で2回に分けて割印を押す方法です。通常の丸印を2回押すだけなので、専用の印鑑を用意する必要がなく、3者の対等な関係を表現しやすいのが特徴です。
3人分の印を1回でまたがせるのが難しい場合や、契約書が厚めでずらして重ねると印影がにじむ場合に有効です。押した後に「1枚目と3枚目の間には直接の印がない」状態になりますが、2箇所で印影がつながっていることで3通の一体性を示せます。ただし A や C と比べると一体性の主張はやや弱く、当事者間で運用に合意できる場面で採るのが実務です。
パターンC:割印専用の縦長印鑑で1回で押す
3つ目の慣習は、割印専用の縦長の印鑑(サイズは12×30mm・13.5×33mm・15×36mmなどが一般的)を使い、3通を階段状に重ねた紙面に1回で押す方法です。契約書の紙サイズ・重ねる枚数で選ぶとよいでしょう。専用印であれば印影が縦に長いため、3通に確実にまたがせられます。
頻繁に3者以上の契約を扱う企業では専用印を用意しておくと運用がスムーズです。ただし、専用印がない場合はパターンAまたはパターンBで代替できるため、この方法が唯一の解ではありません。
どの慣習を選ぶかの判断基準
3つの慣習のいずれを選ぶかは、次の3点で判断すると迷いにくくなります。自社と取引先の慣習が違う場合は、契約書を作成する側が事前に相手方へ配置を確認しておくと安心です。
- 自社の過去契約書で採られている慣習:社内の運用を踏襲するのが最も摩擦が少ない
- 取引先の慣習:主導する側(元請け・発注者など)の慣習に合わせるのが実務上スムーズ
- 割印専用印鑑の有無:専用印があればパターンC、なければパターンAまたはB
収入印紙に押す「消印」は契約書本体の割印とは別ルール
収入印紙が貼られた契約書では、印紙にも印を押します。この印は俗に「印紙への割印」とも呼ばれますが、正式には印紙税法上の「消印」で、契約書本体の割印とは根拠法令もルールも異なります。ここからは消印の実務ルールを整理します。
消印と割印の目的の違い
契約書本体の割印は「書類間の同一性・改ざん防止」が目的であるのに対し、印紙への消印は「印紙の再使用防止」が目的です。この目的の違いから、押す位置・使う印鑑・押す人にも差が生じます。
消印の法的根拠は印紙税法第8条第2項です。同項は、印紙を貼付した課税文書の作成者に対して、印紙と文書にまたがる形で「判明に印紙を消さなければならない」ことを義務づけています。
課税文書の作成者は、前項の規定により当該課税文書に印紙をはり付ける場合には、政令で定めるところにより、当該課税文書と印紙の彩紋とにかけ、判明に印紙を消さなければならない。
出典:印紙税法第8条第2項|e-Gov法令検索
印紙と契約書紙面をまたぐ位置に押す
消印は、印紙と契約書の紙面の両方にかかるように押します。印紙の上だけに押すと、印紙をはがして再使用できるため消印としての効力を持ちません。
押す位置は印紙の周囲(多くは印紙の右側または下側)で、印影の一部が印紙に、残りが契約書本文の余白部分にかかっていれば十分です。強く押しつける必要はなく、印影が鮮明に判読できる状態であれば消印としての要件を満たします。
誰が押すか——共同作成者のうち1人でよい
消印は共同で契約書を作成した当事者のうちいずれか1人が押せば足りる旨が、国税庁の質疑応答事例「印紙の消印の方法」で明示されています(次項の引用ブロック後半参照)。双方が押しても構いませんが、印紙税法上は片方だけでも有効です。
使う印鑑は実印でなくてもよい
消印に使う印は、契約書本体に押した実印や角印と同じである必要はありません。国税庁は「消印は印章でなくても署名でもよい」とし、日常業務で使うシヤチハタなどの浸透印や、担当者の氏名を自筆で書く署名でも消印として有効としています。ただし、単に「印」と書いたり斜線を引いたりする方法は消印とは認められません。
このように、消印する人は文書の作成者に限られておらず、また、消印は印章でなくても署名でもよいとされているところから、文書の消印は、その文書に押した印でなくても、作成者、代理人、使用人、従業者の印章又は署名であれば、どのようなものでも差し支えありません。
次に、消印は印紙の再使用を防止することを目的とするという趣旨のものですから、複数の人が共同して作成した文書に貼り付けた印紙は、その作成者のうち誰か1人の者が消せばよいことになっています。例えば、甲と乙とが共同して作成した契約書については、甲と乙の双方が消印しても甲と乙のどちらか1人が消印しても差し支えありません(基通第64条)。
出典:印紙の消印の方法(質疑応答事例)|国税庁
押し忘れの過怠税(印紙額同額/貼付忘れは3倍)
印紙を貼っていても消印を忘れると、印紙税法第20条第3項により、消されていない印紙の額面に相当する金額の過怠税が徴収されます。また、印紙そのものを貼り忘れた場合は、印紙税額とその2倍の合計、すなわち当初の印紙税額の3倍の過怠税が課されます。
この印紙を貼り付ける方法によって印紙税を納付することとなる課税文書の作成者が、その納付すべき印紙税を課税文書の作成の時までに納付しなかった場合にはその納付しなかった印紙税の額とその2倍に相当する金額との合計額、すなわち当初に納付すべき印紙税の額の3倍に相当する過怠税が徴収されることになります。
また、「貼り付けた」印紙を所定の方法によって消印しなかった場合には、消印されていない印紙の額面に相当する金額の過怠税が徴収されることになります。
出典:No.7131 印紙税を納めなかったとき|国税庁
ただし、税務調査による過怠税の決定前に、作成者から所轄税務署長に「印紙税不納付事実申出書」を自主的に提出した場合は、過怠税は印紙税額の1.1倍に軽減されます。発送後や税務調査前に押し忘れに気づいたときの救済ルートとして把握しておくと安心です。加えて、過怠税は法人税の損金や所得税の必要経費に算入できない点にも留意が必要です。
消印に失敗した場合の対処
消印がかすれた・ずれたなど失敗した場合は、同じ位置に押し直さず、印紙と紙面にまたがる別の位置に改めて押します。1回の消印が「判明」でない状態でも、後から追加の消印を押せば消印としての要件を満たせます。
失敗した印影の上から強く押し直すと、両方の印影がにじんで判別しにくくなるため避けてください。訂正印を押す必要はなく、印紙の余白に新しい印影を追加するのが最もシンプルな対処法です。
割印と契印の違い【対比表付き】
割印と混同されやすい印に「契印」があります。両者は目的も押す場所も異なりますが、複数ページの契約書を2部作成する場合など、両方が必要になる場面もあります。ここでは両者の違いと重なる場面を整理します。
目的の違い——改ざん防止の対象が異なる
割印は「複数の独立した書類が同一の契約に基づくこと」を示すのに対し、契印は「1つの契約書のページ間の連続性」を示す印です。改ざん防止の対象が、書類間なのかページ間なのかで役割が分かれます。
1枚の契約書を2部作成した場合は割印のみで済みますが、複数ページに及ぶ契約書を2部作成した場合は、ページ間に契印を、書類間に割印を、それぞれ押すことになります。
押す場所・使う印鑑・全員分必要かの対比
割印・契印に加え、消印・訂正印・捨印の主な違いを一覧で示します。同じ「契約書に押す印」でも、目的と押す場所が異なることが分かります。
| 割印 | 契印 | 消印 | 訂正印 | 捨印 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 目的 | 複数書類の同一性・改ざん防止 | 契約書ページ間の連続性の証明 | 収入印紙の再使用防止 | 契約書の文言修正の承認 | 軽微な誤字を事後に修正する権限の付与 |
| 押す場所 | 書類間にまたがる位置(多くは上部余白) | ページの見開き・製本テープ上 | 印紙と紙面にまたがる位置 | 修正箇所(二重線の近く) | 契約書の欄外余白 |
| 使う印鑑 | 契約書に押した印と同一(実務慣行) | 契約書に押した印と同一 | 実印でなくてよい(署名も可) | 契約書に押した印と同一 | 契約書に押した印と同一 |
| 全員分必要か | 契約当事者全員分 | 契約当事者全員分 | いずれか1名でよい | 修正に関わる当事者全員分 | 承諾する当事者分 |
※上記は一般的な実務慣行の整理です。個別の契約における印の要否は取引形態や社内規程によって異なるため、必要に応じて社内の法務部門または顧問弁護士にご確認ください。
両方が必要になるケース
複数ページに及ぶ契約書を甲・乙の2部作成する場合、割印と契印の両方を押すことになります。ページ内の連続性は契印で、正本と副本の同一性は割印で、それぞれ担保するためです。
2部作成の複数ページ契約書では、押印箇所が増えて煩雑になりがちです。次章の袋とじ運用に切り替えると、契印を押す箇所を大幅に減らせるため、ページ数が多い契約書では検討する価値があります。
袋とじ・製本した契約書における押印位置
「複数ページの契約書に割印を押すのはどこか」という問いで本記事に流入した読者向けに、袋とじ・製本した契約書の押印位置について整理します。袋とじにすることで、契印を押す箇所を1〜2箇所に集約できるのが実務上のメリットです。
袋とじの物理的な作り方
袋とじは、契約書をホッチキスで綴じた背に白紙の帯を糊付けする方法か、市販の製本テープで背から表紙・裏表紙をカバーする方法が一般的です。ページ数が少なければホッチキス+帯、厚みがあれば幅広の製本テープを使うと綴じやすくなります。
袋とじ部分に押す押印箇所——契印との切り分け
袋とじにした契約書では、表紙(または裏表紙)と製本テープにまたがる位置に契印を押します。契約当事者全員が同じ位置に押印し、テープが剥がされていないことを示します。
袋とじにすると、契約書の各ページ間に個別の契印を押す必要がなくなります。この押印は「契印」の役割を果たすもので、複数部を交わす場合の書類間の同一性を示す「割印」とは別に押すことになります。
複数ページ契約書に割印を押すのはどこか
複数ページの契約書を2部作成した場合、割印は表紙同士を重ねて押します。袋とじされた契約書2部の表紙を少しずらして重ね、印影が両方の表紙にまたがるように押印してください。
袋とじの契印と割印を別々に押すことで、ページ間の連続性と書類間の同一性の両方を担保できます。押印箇所が増えて煩雑ですが、長期保管される契約書ほど改ざん防止の意義は大きくなります。
割印の失敗時のリカバリー(かすれ・ずれ・逆さま・押し忘れ)
押印に失敗しても、多くの場合は隣に押し直すことで対処できます。ここでは失敗の4類型ごとに、実務での対処法を示します。訂正印は原則として不要です。
印影がかすれた・ずれた場合の対処
かすれとずれのどちらも対処は共通で、失敗した印影のすぐ隣に鮮明な割印を追加すれば十分です。訂正印を押したり二重線で消したりする必要はなく、既存の印影はそのまま残しても契約書としての体裁に影響しません。
再発防止の観点で見ると、かすれは朱肉の付け方が不均一だったり、押す力が弱かったりすることが主な原因です。押す前に朱肉を印面全体に均等に付け、印章を垂直に構えて真下に一定の力で押し込むと改善します。
一方、ずれは紙のずらし方が浅すぎることが主な原因です。押した後の印影で「両方の紙にまたがっているか」を目視で確認する習慣をつけると、再発を防げます。
上下逆さまに押してしまった場合
印影が上下逆さまでも、割印としての機能(両方の紙にまたがっていること)が果たされていれば、押し直しは不要です。改ざん防止の目的を果たしていれば、印影の向きに実質的な問題はありません。
押し忘れて発送してしまった場合の対応
相手方に契約書を発送した後で割印の押し忘れに気づいた場合、対応は次の3通りに整理できます。取引の重要度と相手方との関係で選び分けてください。
- ①相手方が押印を要する重要取引の場合:相手方に事情を説明して契約書を一度返送してもらい、割印を押して再送する
- ②軽微な取引・相手方の負担を抑えたい場合:相手方の了解を得たうえで、割印なしのまま契約を進める
- ③紛失リスクを避けたい・書式差し替えも兼ねる場合:両者で新たに割印を押した契約書を再作成する
割印は改ざん防止の実務慣行であり、押印の有無自体で契約の効力が左右されるものではありません(次章で詳述します)。相手方との関係や後述する紛争リスクを踏まえて、対応の重さを選んでください。
割印がなくても契約書は有効か——法的効力と押印の位置づけ
「割印を押し忘れたら契約自体が無効になるのではないか」という不安は、契約実務に慣れていない担当者ほど強く感じる論点です。ここでは、契約成立と押印の関係を法令レベルで整理します。
契約成立に押印は法的要件ではない
民法第522条第2項は「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」と定めています。この条文により、契約は当事者の意思の合致(申込みと承諾)だけで成立し、書面や押印は要件ではありません。
この原則は内閣府・法務省・経済産業省が2020年(令和2年)6月19日に連名で公表した「押印についてのQ&A」でも明確に示されています。同Q&A問1は、契約書に押印をしなくても法律違反にはならず、契約の効力にも影響が生じない旨を明言しています。
私法上、契約は当事者の意思の合致により、成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない。
特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない。
出典:押印についてのQ&A(令和2年6月19日)問1|内閣府・法務省・経済産業省
したがって、契約書本体の割印を押し忘れて発送した場合でも、契約自体は当事者の合意によってすでに成立しており、無効になるわけではありません。ただし、後述の紛争予防の観点から、可能な範囲で割印を押しておくことに実務的な意義があります。
それでも割印を押す3つの理由
法的な要件ではないにもかかわらず、実務で割印が押され続けている理由は主に次の3つです。
- 改ざん防止:正本と副本のうち片方だけを差し替える改ざんを、印影が両方にまたがる形で物理的に困難にする
- 原本性の担保:正本と副本が同一書類であることを視覚的に示し、後日どちらが正当な写しかを確認しやすくする
- 文書の真正性の推定:押印がある私文書には真正の推定が働く(印影が本人の印章と認められるかで扱いが分かれる。根拠は民事訴訟法第228条第4項)
特に3つ目の民事訴訟法上の推定効は、契約に関する紛争が生じたときに文書の真正性を争う手間を減らすため、実務上の意義が大きい要素です。押印そのものが契約成立の要件でないとしても、証拠としての強度を高める効果があります。
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割印運用そのものを不要化できる電子契約システム
ここまで見てきたとおり、契約書の割印は「2者契約」「甲乙丙3者契約」「収入印紙の消印」「袋とじ・複数ページ」「失敗時のリカバリー」と論点が多く、1件ごとに神経を使う作業です。電子契約システムに切り替えると、割印・契印・消印の運用と印紙税額そのものが不要になります。
電子署名+タイムスタンプが割印・契印を代替する仕組み
電子契約は、PDF化した契約書に電子署名を付与し、あわせて認定タイムスタンプで署名時刻を刻印することで成立します。電子署名は文書のハッシュ値と紐づくため、署名後に1文字でも文書を変更するとハッシュ値が変わり改ざんが自動検出されます。これが割印の「改ざん防止」の役割を担います。
電子契約では正本・副本の区別がなくなり、同一のデータを当事者双方が同時に保持する形になるため、印影で「同じ書類か」を示す必要がなくなります(原本性の担保)。加えて、収入印紙は「電磁的記録」で作成された契約書には課税されないという国税庁見解があり、消印の運用と印紙税額そのものが発生しません。
電子署名・認定タイムスタンプの技術的な仕組み、電子帳簿保存法との関係、取引先を巻き込む際の導入ステップまで、電子契約という運用そのものの全体像を先に押さえておきたい場合は、以下の記事で解説しています。
以下は、割印運用を直接消せる立会人型・当事者型の電子契約締結を主軸とするサービスの比較表です。
| サービス名 | クラウドサイン | 電子印鑑GMOサイン |
|---|---|---|
| 電子署名方式 | 立会人型(標準) 当事者型(マイナンバーカード署名) | 立会人型・当事者型 ハイブリッド署名対応 |
| 月額費用(有料最安・税抜) | 11,000円/月(Lightプラン) | 8,800円/月(ライトプラン・年間契約) |
| 送信料(1件・税込) | 242円(立会人型) | 110円(立会人型) 330円(当事者型) |
| 無料プラン | 月2件・1ユーザー 立会人型+認定タイムスタンプ | 月5件・1ユーザー 立会人型のみ |
| 導入実績 | 250万社以上 累計送信4,000万件超 | 350万社以上 累計送信5,000万件超 |
| 詳細情報 | 公式資料を見る | 公式資料を見る |
料金体系・署名方式・契約書管理機能・取引先の操作負担といった観点で電子契約システム全体を横並びで比較検討したい場合は、以下の記事をご参照ください。
クラウドサイン(弁護士ドットコム株式会社)

クラウドサインは、弁護士ドットコム株式会社が2015年10月にリリースした電子契約サービスです。書類のアップロード・送信から電子署名・認定タイムスタンプの付与、契約書の保管・検索までをオンラインで完結でき、印刷・押印・郵送の運用を丸ごと不要化できます。
導入社数は250万社以上、累計送信件数は4,000万件を超えており(2024年度実績、公式トップページ)、富士キメラ総研の2025年版調査で電子契約ツール部門のシェア首位と公式が表記しています。
電子署名の方式は事業者署名型(立会人型)が標準で、契約当事者の指示に基づいて弁護士ドットコム社の電子署名と認定タイムスタンプが付与されます。相手方に電子証明書の準備を求めないため、割印運用からの切り替え初期でも取引先の負担が最小限で済みます。
より厳格な本人確認が必要な契約向けに、マイナンバーカードによる当事者署名型(2023年提供開始)も選べます。フリープランでは月2件までの送信を無料で試せるため、導入検討の初期段階での試用にも向いています。
電子印鑑GMOサイン(GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社)

電子印鑑GMOサインは、GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社が提供するクラウド型の電子契約・電子署名サービスです。導入実績は350万社以上、上場企業の84%が利用しています(いずれも2026年3月末時点、公式トップページ)。
特徴は、立会人型(契約印タイプ)と当事者型(実印タイプ)の2方式に対応し、両者を組み合わせた「ハイブリッド署名」も選べる点です。自社側は認証局が発行する電子証明書に基づく当事者型(実印相当)で署名し、相手方はメール認証による立会人型で応じる運用ができます。
実印相当の証拠力が必要な契約と、取引先の負担を抑えたい契約を1つのプラットフォームで使い分けられます。有料プラン共通で立会人型の送信料は1件あたり100円(税込110円)です。
お試しフリープランは月5件・1ユーザーまで期間無制限で無料で利用でき、割印運用からの切り替え検討の入り口として使えます。
出典・参考資料(9件)
- 参考資料:民法(明治二十九年法律第八十九号)第522条|e-Gov法令検索
- 参考資料:印紙税法(昭和四十二年法律第二十三号)|e-Gov法令検索
- 参考資料:印紙税法第20条第3項(過怠税)|e-Gov法令検索
- 参考資料:印紙税法施行令(昭和四十二年政令第百八号)第5条|e-Gov法令検索
- 参考資料:民事訴訟法(平成八年法律第百九号)第228条第4項|e-Gov法令検索
- 参考資料:押印についてのQ&A(令和2年6月19日)|内閣府・法務省・経済産業省
- 参考資料:印紙の消印の方法(質疑応答事例)|国税庁
- 参考資料:No.7131 印紙税を納めなかったとき|国税庁
- 参考資料:電磁的記録(電子契約)に係る契約金額等を記載した変更契約書の記載金額(質疑応答事例)|国税庁
まとめ
契約書の割印について、目の前の実務で迷いなく判断できるように、要点を振り返ります。
- 契約書2部の割印:2枚を1〜2cm程度ずらして重ね、印影が両方にまたがる位置(多くは上部余白)に押す。甲・乙の左右配置は法令上の決まりがなく、社内・取引先の慣習に合わせる
- 甲乙丙3者契約:法令上の決まりはなく、3つの慣習(甲を中央に配置/2回に分けて押す/専用縦長印鑑で1回)が並立する。自社・取引先の慣習と専用印鑑の有無で選ぶ
- 収入印紙の消印:契約書本体の割印とは別ルール。誰か1人が押せばよく、シヤチハタや署名でも有効。押し忘れは印紙額と同額、貼り忘れは3倍の過怠税
- 失敗時の対処:かすれ・ずれ・逆さまはいずれも押し直しで足り、訂正印は不要。押し忘れて発送してしまった場合は、返送依頼・相手方了承・再作成の3択で判断
- 電子契約への切り替え:割印・契印の運用そのものを消せる。電子署名+認定タイムスタンプが改ざん防止と原本性担保を代替し、収入印紙も課税されない
目の前の1件については本記事の押し方に従って対応しつつ、繰り返しの押印運用そのものを見直したい場合は、電子契約への切り替えを検討してみてください。
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よくある質問(FAQ)
Q. 割印とは何ですか?
A. 割印は、契約書の正本と副本が同一の書類であることを示し、改ざんを防ぐために書類間にまたがる形で押す印です。契約書2部を少しずらして重ね、印影が両方の紙にかかるように押すのが基本で、押す位置や甲乙の配置には法令上の決まりはなく、両方の書類にまたがっていることが実質的な要件になります。
Q. 契約書の割印の位置に法律上の決まりはありますか?
A. 契約書の割印の位置には、法令上の明確な決まりはありません。書類上部の余白に押すのが商慣習として広く採られていますが、側部・下部でも改ざん防止の目的が果たせれば有効です。印影が半分ずつ両方の書類にまたがるように押すことが、位置の選択より重要な要件となります。
Q. 甲乙丙3者契約の割印はどの配置で押せばよいですか?
A. 3者契約の割印には、甲を中央・乙丙を左右に配置する方法、1枚目と2枚目・2枚目と3枚目の間で2回に分けて押す方法、割印専用の縦長印鑑で1回で押す方法の3つの慣習が並立します。法令上の決まりがないため、自社・取引先の過去契約書の慣習と、割印専用印鑑の有無を基準に選ぶのが実務的です。
Q. 収入印紙への消印は契約書本体の割印と同じ位置に押せばよいですか?
A. 収入印紙への消印は、印紙と契約書の紙面の両方にまたがる位置に押します。契約書本体の割印とは根拠法令もルールも異なり、印紙の上だけに押すと印紙を剥がして再使用できてしまうため消印としての効力を持ちません。押し忘れると印紙額と同額、印紙そのものを貼り忘れると当初の印紙税額の3倍の過怠税が課されます(印紙税法第20条)。
Q. 契約書の割印にシヤチハタや認印を使ってもよいですか?
A. 契約書本体の割印は、契約書本体に押した印と同じものを使うのが実務慣行です。一方、収入印紙への消印は例外で、国税庁の質疑応答事例により、シヤチハタなどの浸透印や担当者氏名の自筆署名でも有効とされています。ただし単に「印」と書いたり斜線を引いたりする方法は消印とは認められません。
Q. 契約書の割印と契印は両方必要になるケースはありますか?
A. 複数ページに及ぶ契約書を甲・乙の2部作成する場合は、割印と契印の両方が必要になります。ページ間の連続性は契印で、正本と副本の同一性は割印で、それぞれ担保するためです。袋とじで綴じれば契印の押印箇所を1〜2箇所に集約できるため、ページ数が多い契約書では併せて検討する価値があります。
Q. 割印を押し忘れて契約書を発送してしまった場合、契約は無効になりますか?
A. 割印の押し忘れによって契約自体が無効になることはありません。契約は当事者の意思の合致(申込みと承諾)だけで成立し、書面への押印は成立要件ではないと、民法第522条第2項および内閣府・法務省・経済産業省の「押印についてのQ&A」で明示されているためです。ただし紛争予防のため、相手方への返送依頼・相手方の了解を得ての手続き続行・両者で再作成のいずれかで対応するのが実務的です。
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マネックス証券 フィナンシャル・インテリジェンス部 暗号資産アナリスト
松嶋真倫
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