企業が事業を続けるうえで避けて通れないのが、法令や社会規範に反する行為によって損害や信用の失墜を招く「コンプライアンスリスク」です。近年は労務・下請取引・情報管理・ハラスメントなど対象が広がり、経営陣が主導して組織的に管理することが求められています。一方で、自社の何をどこまで管理すればよいのか、全体像を描けずに悩む担当者も少なくありません。
本記事では、コンプライアンスリスクの定義と5つの種類を一覧で整理します。そのうえで、実際に起きた違反事例、リスクが顕在化する原因、管理の進め方(識別・評価・対応・モニタリング)、管理体制の作り方、具体的な低減策までを順を追って解説します。
金融庁が示した管理の考え方や関連法令も交えながら、自社のリスク一覧の作成と管理体制づくりに使える具体的な手がかりを提供します。管理を支えるツールや仕組みもあわせて紹介しますので、自社に合った進め方を検討する材料としてご活用ください。
目次
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コンプライアンスリスクとは?5つの種類を一覧で解説
コンプライアンスリスクとは、法令・社内規程・契約・社会規範などのルールに違反することで、企業が損害賠償・行政処分・社会的信用の失墜といった不利益を被る危険性を指します。ここでいうコンプライアンスは法令遵守にとどまらず、倫理や社会的な期待に応えることまでを含む広い概念です。
自社のリスクを洗い出す最初の一歩は、どんな種類のリスクがあるかを把握することです。実務では、次の5つの類型に整理すると管理対象を漏れなく見渡せます。それぞれに主な関連法令・リスクが生じる場面・具体例を対応づけました。
| コンプライアンスリスクの5つの種類 | 法令違反のリスク | 社内規程違反のリスク | 契約違反のリスク | 第三者への不法行為のリスク | 社会的信用・レピュテーションのリスク |
|---|---|---|---|---|---|
| 主な関連法令 | 独占禁止法、労働基準法、金融商品取引法、不正競争防止法 など | 就業規則・行動規範など社内ルール(法令ではなく社内基準) | 民法、取適法(中小受託取引適正化法。旧・下請法)など | 民法(不法行為)、製造物責任法、各種の安全・衛生に関する規制 など | 景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)、公益通報者保護法 など |
| リスクが生じる主な場面 | 他社と取引・受発注を行う場面(独禁法)、従業員を雇用する場面(労基法)、有価証券・上場に関わる場面(金商法) | 経費精算・決裁・情報の取り扱いなど、日々の社内手続き全般 | 取引先と契約を結び納品・支払いを行う場面(下請取引を含む) | 製品・サービスを消費者や取引先に提供する場面、個人情報を扱う場面 | 一般消費者向けに広告・表示を行う場面、職場環境や不祥事対応など社会の目に触れる場面 |
| 具体例 | カルテル・談合、三六協定を超える違法な長時間労働、インサイダー取引、営業秘密の持ち出し | 経費の不正精算、承認手続きの無視、情報持ち出し禁止規程への違反 | 納期・品質・支払条件の不履行、下請取引での代金の不当な減額・支払遅延 | 製品事故・食品事故による被害、個人情報の漏えい、取引先・消費者への損害 | 優良誤認を招く広告表示、ハラスメントの放置、不祥事の隠蔽による信頼失墜 |
法令違反のリスクは、独占禁止法や労働基準法など、違反すると罰則や行政処分の対象になる領域です。社内規程違反のリスクは、法令には触れなくても社内ルールを逸脱する行為で、放置すると不正の温床になります。
契約違反のリスクは取引先との約束を守れない状態を指し、なかでも下請取引を規律する法律は2026年1月1日施行の改正で「取適法(中小受託取引適正化法。旧・下請法)」へと名称が変わりました。第三者への不法行為と社会的信用のリスクは、被害者や社会全体からの信頼を損なう点で、金銭的な損害以上に回復が難しいという特徴があります。
この5類型は「違反の性質」で切った枠組みです。労務・下請取引・情報管理・ハラスメントといった業務領域のリスクは、その性質に応じてこのいずれかに当てはまります。たとえば個人情報の漏えいは、第三者への不法行為であると同時に社会的信用のリスクでもあります。
このように1つの事象が複数の類型にまたがることも珍しくありません。自社のリスクを洗い出す際は、無理に1つに振り分けず、主たる性質の類型に置いたうえで関係する類型にも印を付けておくと、対策の抜け漏れを防げます。
コンプライアンス違反の具体例|実名事例に見る「何が起きて、どうなったか」
種類を把握したら、次は「実際に違反が起きると何が起こるのか」を具体的な事例で確認します。損害賠償・行政処分・破産・信用失墜といった結果は、抽象的な「重要です」という説明よりも、実在の事例のほうが自社のリスクとして実感しやすくなります。まず5つの種類と代表的な事例・結果を一覧で示し、続いて実名の事例を詳しく見ていきます。
| コンプライアンス違反の種類と結果の例 | 法令違反 | 社内規程違反 | 契約違反 | 第三者への不法行為 | 社会的信用・レピュテーション |
|---|---|---|---|---|---|
| 代表的な事例 | 株式会社電通の違法残業(労働基準法違反) | 関西電力株式会社の金品受領問題 | 着物レンタル会社の役務不履行(はれのひ) | 焼肉チェーンの集団食中毒(フーズ・フォーラス) | 株式会社ビッグモーターの保険金不正請求 |
| 何が起きたか | 三六協定を超える違法な時間外労働 | 役員・社員が社外の関係者から金品を受領(社内の行動規範・倫理に違反) | 成人式当日に着付け・連絡ができず契約を履行できず | 生肉による腸管出血性大腸菌O-111食中毒(患者181人・死者5人) | 車両を意図的に損傷させ保険金を水増し請求 |
| 結果 | 罰金50万円(有罪判決) | 82人を社内処分、役員の辞任・報酬返上、信用失墜 | 破産(負債総額 約6億3500万円) | 損害賠償命令 約1億6900万円 | 保険代理店登録の取消・行政処分、事業譲渡・社名変更 |
ここからは、結果が公表資料で確認できる代表的な事例を、5つの種類に沿って実名で詳しく取り上げます。
違法な長時間労働で罰金50万円(労働基準法違反)
大手広告会社の株式会社電通では、労使間で結ぶ三六協定を超える違法な時間外労働があったとして、2016年12月に法人と社員が労働基準法違反の容疑で書類送検されました。2017年10月には東京簡易裁判所が法人に対し罰金50万円の有罪判決を言い渡しています。刑事責任の対象は「違法な時間外労働=労働基準法違反」であり、労務管理の不備が直接、法令違反として問われた事例です。
食品事故で約1億6900万円の損害賠償命令(第三者への不法行為)
2011年に焼肉チェーン「焼肉酒家えびす」で発生した生肉による腸管出血性大腸菌O-111の集団食中毒では、患者181人・死者5人という深刻な被害が生じました。2018年3月には東京地方裁判所が運営会社(株式会社フーズ・フォーラス)に対し、約1億6900万円の損害賠償を命じています。安全管理の不備が第三者への重大な被害につながり、金銭的な賠償にとどまらず事業継続そのものを揺るがした事例です。
出典・参考資料(1件)
サービスの不履行と信用失墜による破産(契約違反・社会的信用)
2018年の成人式当日、着物の販売・レンタル会社のはれのひ株式会社が複数店舗で連絡不能・着付け不能となるトラブルを起こし、多くの利用者が晴れ着を着られない事態に陥りました。同社は同年1月に横浜地方裁判所から破産手続開始決定を受け、負債総額は約6億3,500万円、債権者は約1,600名にのぼりました。
顧客との契約の不履行が社会的信用の急速な失墜と経営破綻に直結した事例で、賃金の未払いなど従業員への影響も生じています。
出典・参考資料(1件)
金品受領による社内処分と信用失墜(社内規程違反)
関西電力株式会社では、役員や社員が社外の関係者から金品を受け取っていたことが問題となり、2020年3月に社外委員による第三者委員会が調査報告書を公表しました。会社は関係した82人を処分し、金品を受領した元副社長を含む4人が辞任、そのほかの役員も月額報酬の10〜50%を1〜6か月返上しています。
民間企業のため刑事上の収賄に直ちに問われる性質のものではなく、社内の行動規範・倫理に反する金品受領として、ガバナンス上の重大なコンプライアンス問題と位置づけられた事例です。
保険金の不正請求による信用失墜(社会的信用・レピュテーション)
中古車販売大手の株式会社ビッグモーターでは、自動車の修理にあたり車両を意図的に傷つけて損害保険会社に保険金を水増し請求していたことが、2023年に外部の調査報告書で明らかになりました。
金融庁は同年11月、保険業法に基づき同社の保険代理店登録を取り消しました。国土交通省も道路運送車両法に基づく監査で全130事業場のうち125事業場に行政処分・行政指導を行っています(指定自動車整備工場107事業場のうち37事業場で指定を取り消し)。損害保険各社も代理店委託を解除し、信用の失墜から事業は他社へ譲渡され、社名も変更されました(現・株式会社BALM)。
金銭的な処分にとどまらず、社会的信用の失墜が事業の存続そのものを左右した近年の事例です。
出典・参考資料(3件)
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コンプライアンスリスクが顕在化する主な原因
同じ業種・規模でも、違反が起きる企業と起きない企業があります。ここでは、リスクが実際の違反へと顕在化する原因を4つの切り口で整理します。自社のどこが穴になりやすいかを、あらかじめ当てをつけるための視点として活用してください。
人為的ミス(ヒューマンエラー)
担当者の確認漏れや操作ミス、メールの誤送信などがきっかけになるケースです。悪意がなくても、個人情報の漏えいや誤った処理が違反につながります。特定の担当者に業務が集中し、確認する人がいない状態で起こりやすいのが特徴です。
システムの不備・不具合
アクセス権限の設定漏れやデータ管理の不備、古いシステムの脆弱性などが原因になる場合です。手作業に頼った管理では、記録が残らず後から検証できないことも問題を大きくします。誰が何にアクセスできるかを制御する仕組みが整っていないと、内部不正の温床にもなります。
社内ルール・規程の不備
そもそも守るべきルールが定まっていない、あるいは法改正に規程が追いついていない状態です。何が禁止行為なのかが曖昧だと、従業員は判断の拠りどころを持てません。規程を作っても周知されず、実態と乖離しているケースも同じ問題を招きます。
故意による背信行為
横領や情報の持ち出し、データの改ざんなど、意図的な不正行為です。「他の人もやっている」といった規範意識の低下や、不正を許す組織風土が背景にあることが少なくありません。人為的ミスと違い、抑止と早期発見の両面からの対策が求められます。
これら4つの原因は、それが表に出やすい職場環境かどうかで顕在化のしやすさが変わります。次のような状態に心当たりがある場合は、ミスや不正が起きやすい環境になっていないか点検してみてください。自社の弱点を見つける自己診断のチェックリストとして使えます。
- 特定の担当者が一人で完結し、他の人のチェックが入らない業務がある
- 深夜・休日など、上長や同僚の目が届きにくい時間帯に重要な処理が行われている
- データやファイルを個人のPC・USBメモリなどへ容易に持ち出せる状態にある
- 会計処理や在庫・現金の管理が属人的で、記録との突き合わせが十分に行われていない
- 「以前からこうしている」という慣行がルールより優先されがちな空気がある
コンプライアンスリスク管理の進め方(識別→評価→対応→モニタリング)
コンプライアンスリスク管理は、思いついた対策を場当たり的に打つのではなく、一連のプロセスとして回すことで実効性が高まります。ここでは、識別・評価・対応・モニタリングという4つの段階に沿って進め方を解説します。
①リスクの識別(自社の管理対象を洗い出す)
まず、自社の事業活動に潜むコンプライアンスリスクを洗い出すことから始めます。先ほどの5類型を枠組みにして、部門ごとの業務や取引先との関係、扱う情報などを点検すると抜け漏れを減らせます。過去の他社事例やヒヤリハットも、自社に起こりうるリスクを想定する材料になります。
洗い出したリスクは、次のような項目で一覧表(リスク一覧)にまとめると、後の評価・対応につなげやすくなります。まずは2〜3件でも書き出してみると、自社の抜けている観点が見えてきます。
| リスク一覧の項目例(記入イメージ) | 三六協定を超える時間外労働 | 委託先からの個人情報漏えい | 下請取引での代金の不当な減額 |
|---|---|---|---|
| 種類 | 法令違反 | 第三者への不法行為/社会的信用 | 契約違反 |
| 主な関連法令 | 労働基準法 | 個人情報保護法 | 取適法(旧・下請法) |
| 想定される影響 | 是正勧告・罰金、人材流出 | 損害賠償・信用失墜 | 勧告・企業名公表 |
| 発生可能性 | 中 | 中 | 低 |
| 対応方針 | 低減(勤怠管理の徹底・上限アラート) | 低減(委託先の点検・契約での義務づけ) | 低減(発注・支払プロセスの点検) |
②リスクの評価(影響度×発生可能性で優先順位をつける)
洗い出したリスクをすべて同じ重さで扱うと、対応が追いつきません。そこで、リスクが顕在化したときの影響度と発生可能性の2軸で評価して優先順位をつけると、限られた体制でも重大なリスクから着手できます。両者を掛け合わせてリスクマップとして可視化すると、どこから手をつけるべきかが一目でわかります。
2軸はそれぞれ「大・中・小」「高・中・低」の3段階程度で評価すると扱いやすくなります。読み方の目安は次のとおりです。
- 影響度:大/発生可能性:高 … 最優先で低減・回避に着手する領域
- 影響度:大/発生可能性:低 … 起きたときの打撃が大きいため、保険などでの移転も検討する領域
- 影響度:小/発生可能性:高 … 頻度を下げる運用改善で対応する領域
- 影響度:小/発生可能性:低 … 対策コストと見合わせ、受容も選択肢になる領域
3段階×3段階の組み合わせを表にすると、どのリスクをどの方針で扱うかの当たりをつけやすくなります。リスク一覧の各項目が次のマトリクスのどこに当てはまるかを確かめると、着手する順番と対応方針の目安が見えてきます。
| 影響度×発生可能性で見る優先度の目安 | 影響度:大 | 影響度:中 | 影響度:小 |
|---|---|---|---|
| 発生可能性:高 | 最優先(回避・低減に着手) | 優先(低減) | 運用改善で頻度を下げる |
| 発生可能性:中 | 優先(低減) | 中程度(低減・運用改善) | 経過観察 |
| 発生可能性:低 | 要注意(低減・保険などで移転) | 経過観察 | 受容も選択肢 |
③リスクへの対応(回避・低減・移転・受容の4つで考える)
評価したリスクへの対応方針は、一般的に次の4つに分けて整理できます。どの方針が適しているかは、影響度と発生可能性を踏まえて見極めるのが基本です。
- 回避:リスクの原因となる活動そのものを取りやめる(例:問題のある取引から撤退する)
- 低減:発生可能性や影響度を下げる対策を講じる(例:チェック体制の強化、研修の実施)
- 移転:保険や契約により、リスクの一部を外部に移す
- 受容:影響が小さいリスクは、対策コストと見合わせてあえて受け入れる
④モニタリング(対応状況を継続的に見直す)
対応策を決めて終わりではなく、実施状況と効果を継続的に確認します。法改正や事業の変化で新たなリスクが生まれるため、識別からの一連のプロセスは定期的に繰り返す必要があります。金融庁も、リスクベースで管理態勢を機能させるには経営陣が主導してプロセスを実行に移すことが必要だとしています(考え方の詳細は後述の金融庁「コンプライアンス・リスク管理基本方針」に学ぶ管理の考え方を参照)。
コンプライアンスリスク管理体制の作り方(3線ディフェンス・委員会・内部通報)
管理プロセスを実際に回すには、それを担う組織体制が欠かせません。ここでは、役割分担の考え方である3線ディフェンス、意思決定を担う委員会、そして問題を早期に把握するための内部通報制度という3つの柱を解説します。
3線ディフェンス(3つのライン)で役割を分ける
3線ディフェンスは、リスク管理の役割を3つのラインに分けて整理する考え方です。内部監査人協会(IIA)が提唱し、2020年に「3ラインモデル」として改訂されました。各ラインの役割は次のように整理できます。
- 第1ライン(事業部門):日々の業務でリスクの発生源に最も近く、一次的なリスク管理の責任を担う
- 第2ライン(管理部門):コンプライアンス部門やリスク管理部門が、独立した立場から事業部門を牽制・支援する
- 第3ライン(内部監査部門):事業部門・管理部門から独立し、管理態勢を検証して経営陣に是正を求める
金融庁も「三つの防衛線」として同様の整理を示す一方、「明確に区分して態勢整備を行うこと自体が目的ではない」と釘を刺しています。形式的にラインを分けることではなく、牽制と検証が実質的に機能する状態をつくることが重要です。
出典・参考資料(2件)
リスク・コンプライアンス委員会と取締役会の監督
全社のリスクを一元的に把握し方針を決める場として、リスク・コンプライアンス委員会などの会議体を設ける企業が増えています。委員会で議論したリスクの状況を定期的に取締役会へ報告し、取締役会が監督する形をとることで、経営目線での管理が機能します。たとえば富士フイルムホールディングスやトーセイは、委員会・推進部門と取締役会の監督で構成する推進体制をサステナビリティ開示で公表しています。
内部通報制度(ホットライン)と公益通報者保護法への対応
違反やその兆候を早期に把握する仕組みが内部通報制度です。従業員が安心して通報できるよう、通報窓口(ホットライン)の設置と、通報者を不利益な取り扱いから守る運用が求められます。窓口を社内だけでなく外部にも設けると、通報のしやすさと客観性が高まります。
公益通報者保護法では、常時使用する労働者が300人を超える事業者に対し、内部通報に応じる体制の整備が義務づけられています(300人以下の事業者は努力義務)。義務の有無にかかわらず、早期発見の仕組みとして整えておく意義は大きいといえます。
運用状況を開示する企業も増えています。たとえばリコーグループは、内部通報制度に寄せられた通報の件数をサステナビリティ情報として公表しています。2025年度の通報件数は1,145件で、そのうち重大なインシデントに至った事案はなかったとしています。同社は内部監査の結果を内部統制委員会へ四半期ごと、取締役会へ半期ごとに報告する体制も示しています。
制度が機能しているかは、件数の多寡だけでなく、通報が実際に使われ、経営レベルまで報告される流れができているかで測るのが目安になります。
出典・参考資料(3件)
金融庁「コンプライアンス・リスク管理基本方針」に学ぶ管理の考え方
コンプライアンスリスク管理の考え方を示した代表的な公的文書に、金融庁の「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」があります。金融機関を対象に当局の監督の考え方を示したものですが、その根底にある発想は業種を問わず自社の管理体制づくりの参考になります。
この基本方針は、コンプライアンスリスク管理を経営の一部門の仕事ではなく、経営そのものの課題として位置づけています。
上記の問題を解決するためには、金融機関の経営陣における、「コンプライアンス・リスク管理は、まさに経営の根幹をなすものである」との認識に基づいた経営目線での対応が極めて重要となる。このような経営陣の姿勢(「tone at the top」)は、実効的なコンプライアンス・リスク管理の根幹として重要な企業文化にも大きな影響を与える。
出典:コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)|金融庁
経営トップの姿勢(tone at the top)が組織の企業文化に影響し、その文化が現場の行動を左右するという考え方です。規程やチェック体制を整えても、経営陣がリスク管理を自分ごととして主導しなければ形骸化しかねません。稟議や社内説明でコンプライアンス体制の必要性を伝える際にも、こうした当局の考え方は根拠として役立ちます。
担当者が経営陣や関係部署に必要性を説明するときは、「守り」の話にとどめず、取り組みがもたらす便益まで具体的に示すと合意を得やすくなります。
コンプライアンスリスク管理には、複数の便益があります。損害賠償や行政処分といった直接の損失を防げること、一度失うと回復が難しい評判・信用の毀損を避けられること、適切な管理体制そのものが取引先や投資家からの信頼につながりブランド価値を高めることが挙げられます。
さらに、ルールと通報の仕組みが整うことで、従業員が安心して働ける職場づくりにも寄与します。こうした便益をあわせて捉えると、コンプライアンスリスク管理は単なるコストではなく、事業を支える投資として位置づけられます。
コンプライアンスリスクを低減する具体策
ここからは、リスクを低減するための具体的な打ち手を解説します。それぞれの施策が、先に挙げたどの原因に効き、管理プロセスのどの段階を支えるのかを意識すると、自社に必要な対策を選びやすくなります。
行動規範・社内規程の策定(社内ルールの不備・背信行為に効く)
従業員が判断に迷ったときの拠りどころとなる行動規範と、業務ごとの社内規程を整備します。禁止行為と守るべき手順を明文化することで、社内ルールの不備による違反を防ぎ、故意の不正に対しても抑止力になります。法改正に合わせて内容を更新し、実態と乖離させないことが重要です。
コンプライアンス研修・教育(人為的ミス・理解不足に効く)
規程を作るだけでは、内容が従業員に浸透しません。定期的な研修やeラーニングを通じて、何がリスクなのか、違反するとどうなるのかを具体的に伝えます。理解不足や規範意識の低下による違反を防ぎ、組織全体の意識を底上げする効果があります。
モニタリング・内部監査(評価・対応後の継続確認に効く)
対策が実際に機能しているかを継続的に確認する仕組みが、モニタリングと内部監査です。日常的な点検に加え、独立した立場からの監査を組み合わせることで、対応の抜け漏れや形骸化を早期に発見できます。確認の結果を経営陣にフィードバックし、次のリスク評価に反映させる流れをつくると、管理プロセスが継続的に回ります。
コンプライアンスリスク管理を支えるツール・仕組み
ここまで解説した識別・評価・対応・モニタリングや、規程の整備・内部通報・委託先の管理を、手作業やExcelだけで継続的に回すのは負担が大きくなりがちです。こうした管理業務を仕組み化するために、GRC(ガバナンス・リスク・コンプライアンス)ツールや内部通報システム、委託先リスク管理ツール、規程管理サービスなどが活用されています。
ここからは、管理業務のどの部分を支えるかという観点で、代表的なサービスを紹介します。以下のサービスは互いに置き換わる関係ではなく、GRC全体・委託先・情報セキュリティ・社内規程・内部通報と、それぞれ得意な領域が異なります。自社で最も手が回っていない領域から見ていくと選びやすくなります。
Oracle NetSuite GRC(日本オラクル株式会社)

クラウドERP「NetSuite」に組み込まれた、ガバナンス・リスク・コンプライアンス機能群です。単独製品ではなくNetSuiteのプラットフォームライセンスに含まれ、財務データ・ユーザーアクセス・ワークフローが同一基盤上にあるため、内部統制や監査対応を外部連携なしで実現できます。
上場準備段階から利用でき、多国展開企業向けの監査ファイル形式にも対応しています。財務・業務基盤とリスク管理を一体で運用したい企業に向いた選択肢です。
業務データと統制を同じ基盤で扱うことは、モニタリングや監査対応にかかる手間にどう関わるのでしょうか。同社の担当者は、次のように説明しています。
統制のためのツールを別で持っていると、業務システム側のデータをエクスポートして、突き合わせて、チェックして、という作業がどうしても発生します。ここがかなり労働集約的で、ミスも起きやすいんです。
NetSuiteの場合は、取引が発生したその瞬間のデータがそのまま統制の対象になります。ワークフローによる承認や、不正につながりかねない操作の検知も、業務の流れの中で自動的に回っていきます。あとから人手で照合する作業そのものを減らせるので、内部監査や経理の方の負担を大きく軽くできるという声をよくいただきます。
VendorTrustLink(株式会社アトミテック)

株式会社アトミテックが提供するVendorTrustLinkは、委託先リスク管理(TPRM)に特化したクラウドサービスです。委託先・取引先へのチェックシート送付から回収・採点・履歴管理までを自動化し、国際的なリスクマネジメントの規格であるISO 31000に準拠した設計を掲げます。
委託先が専用アカウントから直接回答する方式で、Excelやメール往復の運用から脱却できます。情報漏えいやコンプライアンス違反といった委託先起因のリスクを可視化・一元管理したい企業に適しています。
SecureNavi(SecureNavi株式会社)

規程類・情報資産台帳・リスクアセスメント・内部監査記録がExcelやWordに分散しがちな情報セキュリティ運用を、SaaS上に集約するのがSecureNaviです。ISMS認証(ISO/IEC 27001)やPマークの取得・運用を一元管理し、ガイドに沿って社内で取り組むことで自社にナレッジを蓄積できます。
取得後の更新審査や規格改訂への対応まで継続利用できる点が特徴です。情報漏えいなど情報管理に関わるコンプライアンスリスクの低減を、認証の取得・運用の仕組みづくりから進めたい企業に向いています。
KiteRa Biz(株式会社KiteRa)

社内規程の領域に特化しているのがKiteRa Bizです。就業規則をはじめとする社内規程・労使協定の作成・改定・管理・従業員周知までを、クラウド上で一元管理できます。
設問に答える形式での規程作成、改定時の新旧対照表の自動生成、AIを活用した法改正レビューなどの機能を備えます。規程の整備・更新というコンプライアンスの土台を、法改正に追随しながら効率的に運用したい企業に適しています。
NAVEX One プラットフォーム(NAVEX Global, Inc.)

米NAVEX Global社が提供するNAVEX Oneは、内部通報・ポリシー管理・第三者リスク管理・研修・統合リスク管理などを単一基盤に統合したGRCプラットフォームです。NAVEXは、内部通報ホットラインをソフトウェアとして世界で初めて提供したとされる企業で、内部通報を中心に複数のコンプライアンス業務を1つの仕組みで扱える点が特徴です。
日本法人による日本語サポートも提供されています。複数の管理領域をまたいで体制を統合したい、比較的規模の大きい企業に向いた選択肢です。
各サービスの対応領域や提供形態を一覧で比較できるよう、以下に整理しました。
| コンプライアンス管理を支えるサービスの比較 | Oracle NetSuite GRC | VendorTrustLink | SecureNavi | KiteRa Biz | NAVEX One |
|---|---|---|---|---|---|
| 主な対応領域 | GRC総合(ERP一体型の内部統制・監査証跡) | 委託先リスク管理(TPRM) | マネジメントシステム運用(ISMS/Pマーク) | 社内規程管理 | 内部通報を軸としたGRC統合 |
| 提供形態 | クラウド(NetSuite ERPの付帯機能) | クラウド(SaaS) | クラウド(SaaS) | クラウド(SaaS) | クラウド(SaaS) |
| 初期費用 | NetSuite ERP本体の導入費用に含まれる | 要問い合わせ | 要問い合わせ | 0円(Free)/5万円(100人以下)/30万円(101〜500人)/要問い合わせ(501人以上) | 要問い合わせ |
| 月額費用 | NetSuiteライセンスに含まれる(GRC単独価格なし) | 要問い合わせ(アカウント数×委託先数で見積り) | 要問い合わせ | 0円(Free)/5万円(100人以下)/20万円(101〜500人)/要問い合わせ(501人以上) | 要問い合わせ |
| 特徴的な機能 | 職務分掌・アクセス管理、常時有効な監査証跡、ワークフロー承認、海外監査ファイル形式対応 | チェックシートの自動送付・回収・採点、委託先比較・経年比較(ISO 31000準拠) | 31ステップのガイド、リスクアセスメント自動提案、内部監査サポート、規程の版管理、eラーニング | 設問式の規程作成、新旧対照表の自動生成、AI法改正レビュー、規程の周知・電子申請 | 内部通報・ポリシー管理・第三者リスク・研修・ERMを単一基盤に統合 |
| 想定される導入層 | ERPと内部統制を一体で運用したい企業(上場準備〜多国展開) | 委託先リスクを一元管理したい企業(中小〜大企業) | ISMS/Pマークを起点に体制を整えたい企業(スタートアップ〜大企業) | 社内規程の整備・更新を効率化したい企業(従業員規模別プラン) | 複数の管理領域を統合したい大手・グローバル展開企業 |
| 詳細情報 | 公式資料を見る | 公式資料を見る | オンライン相談を予約 | 詳細を見る | 詳細を見る |
ここで取り上げたのは、コンプライアンスリスク管理を支えるサービスの一例です。GRCツールは製品ごとに対応領域や統制のカバー範囲が異なるため、自社の課題に合うものを選ぶには複数の選択肢を並べて見比べるのが近道です。以下の記事では、選び方や主な機能の違いとあわせてGRCツールを幅広く比較しています。
まとめ
コンプライアンスリスク管理は、まず自社にどんな種類のリスクがあるかを5つの類型で洗い出すことから始まります。実在の違反事例が示すように、対応を誤れば損害賠償・行政処分・信用失墜・破産といった深刻な結果を招きかねません。リスクを識別・評価・対応・モニタリングのプロセスで管理し、3線ディフェンスや委員会・内部通報制度といった体制で支えることが、実効性を高める鍵になります。
行動規範の整備・研修・モニタリングといった打ち手は、GRCツールや内部通報システム、委託先リスク管理・規程管理サービスを活用することで、継続的に回せる仕組みへと落とし込めます。自社の課題に合ったツールを比較検討し、属人的な管理から脱却する第一歩としてください。
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よくあるご質問(FAQ)
Q. コンプライアンスリスク管理とは何ですか?
A. コンプライアンスリスク管理とは、法令・社内規程・契約・社会規範への違反によって企業が被る損害や信用失墜のリスクを、識別・評価・対応・モニタリングのプロセスで組織的に抑える取り組みです。単なる法令遵守のチェックにとどまらず、経営陣が主導して企業文化として根づかせることが求められます。
Q. コンプライアンスリスク管理とリスクマネジメントは何が違いますか?
A. コンプライアンスリスク管理は、リスクマネジメント全体のうち「法令・規程・社会規範への違反」に関わるリスクを対象にした一分野です。リスクマネジメントは自然災害・財務・情報セキュリティなど企業を取り巻くあらゆるリスクを扱い、そのなかでコンプライアンス領域を専門に管理するのがコンプライアンスリスク管理、という関係で捉えると整理しやすくなります。
Q. コンプライアンスリスク管理は何から始めればよいですか?
A. コンプライアンスリスク管理は、自社にどんなコンプライアンスリスクがあるかを洗い出す「リスクの識別」から始めます。法令違反・社内規程違反・契約違反・第三者への不法行為・社会的信用の5類型を枠組みに、部門ごとの業務・取引先との関係・扱う情報を点検してリスク一覧を作り、影響度と発生可能性で優先順位をつけると、次の対応策の検討に進めます。
Q. コンプライアンスリスク管理はどの部署が担当しますか?
A. コンプライアンスリスク管理は、特定の一部門だけでなく、事業部門・管理部門・内部監査部門が役割を分担する「3線ディフェンス」で担うのが基本です。日々の業務でリスクに最も近い事業部門が一次的な管理責任を負い、コンプライアンス部門やリスク管理部門が独立した立場から牽制・支援し、内部監査部門が態勢を検証します。全社の方針はリスク・コンプライアンス委員会や取締役会が監督する形をとります。
Q. 金融庁のコンプライアンス・リスク管理基本方針は、金融機関以外の企業にも関係しますか?
A. 金融庁の基本方針は金融機関を対象とした監督の考え方を示したものですが、その根底にある「コンプライアンスリスク管理は経営の根幹であり、経営陣(tone at the top)が主導する」という発想は、業種を問わず一般企業の管理体制づくりの参考になります。稟議や社内説明でコンプライアンス体制の必要性を伝える際の、権威ある根拠としても活用できます。
Q. 内部通報制度(ホットライン)の設置は法律上の義務ですか?
A. 内部通報制度は、公益通報者保護法により、常時使用する労働者が300人を超える事業者には内部通報に応じる体制の整備が義務づけられています(300人以下の事業者は努力義務)。義務の有無にかかわらず、違反やその兆候を早期に把握する仕組みとして、通報窓口の設置と、通報者を不利益な取り扱いから守る運用が重要です。
Q. 中小企業でもコンプライアンスリスク管理に取り組む必要がありますか?
A. 中小企業でも、規模の大小にかかわらずコンプライアンスリスク管理は必要です。1件の違反が損害賠償・行政処分・信用失墜に直結し、経営体力の小さい企業ほど事業継続への打撃が大きくなりかねません。まずは自社に関わりの深い法令や取引の点検から着手し、行動規範の整備や研修など負担の小さい打ち手から段階的に進めるのが現実的です。
Q. コンプライアンスリスク管理を支えるツールにはどのような種類がありますか?
A. コンプライアンスリスク管理を支えるツールは、リスクや統制を一元管理するGRC(ガバナンス・リスク・コンプライアンス)ツール、内部通報システム、委託先リスク管理ツール、社内規程管理サービスなどに大別されます。手作業やExcelでは負担が大きい識別・評価・モニタリングや、規程整備・内部通報・委託先管理を仕組み化でき、自社の課題に近い領域を支えるツールから検討すると選びやすくなります。
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マネックス証券 フィナンシャル・インテリジェンス部 暗号資産アナリスト
松嶋真倫
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